#1.目覚め
ここは…どこ…
わたしは…だれ…
わたし、は…
「あ、目が覚めた?」
目が…あ、そっか。
閉じていた目を、ひらく。
眩しい光に視界が白み、それも一瞬、やがて色が着いていく。
そうして捉えたのは、
「あなたは…だれ?」
「私は渡辺曜。よーちゃんって呼んでね!」
「よー…ちゃん」
「それで、あなたは高海千歌。ちかちゃんだよ!」
たかみちか。
潮風のように爽やかな笑みを湛えて、あなたがその名をくれたときから。
わたしは私と成った。
***
#2.よーちゃんとちかちゃん
「いい? ちかちゃん。ちかちゃんのお家はここで、私と一緒に暮らすんだよ」
「ここがチカの家なの?」
「そうだよ」
「よーちゃんの家は?」
「ここだよ」
「んんー……??」
「ちかちゃんは私の妹みたいなものだから。だから、ウチで一緒に暮らせるんだよ」
「妹みたいなもの…」
よくわからない。
普通、誰しもそれぞれ自分の家があるはずで。
よーちゃんはよーちゃんの家があって、私には私の家があって。
よく、わからない…けど。
「よーちゃんと、ずっと一緒にいられるってこと?」
「…そうだよ!」
それならいっか、って思ったんだ。
***
#3.よーちゃんとちかちゃんA
「ちかちゃん、あけてくれる〜?」
「おかえりなさい、なんだったの…って、わああ!」
「と、とりあえず置いちゃうよ」フラフラ
ドサッ
「ふう〜」
「すごい量のみかん! よーちゃん、これどうしたの?」
「親戚のおじさんが送ってくれたんだ。お母さんが、ちかちゃんと好きなだけ食べなさいってさ」
「すごいすごい! こんなにたくさんのみかん、初めて見た!」
「えへへ…欲張っていっぱい持ってきちゃった」
「も〜、よーちゃんってば食いしん坊。こんなに食べたら晩ごはん入らなくなるよ」
「え? あはは、やだなーちかちゃん。今全部食べるわけないじゃん!」
「え? あ、そっか、そうだよね…」
「食いしん坊さんはどっちかな〜」
「も、もう! チカだって全部食べるなんて思ってないもん! よーちゃんのばか!」ポカポカ
「うーん、気持ちの良いマッサージであります! あ、ちかちゃん、もう少し下」
「ふんだ! この一番美味しそうなやつはチカが食べちゃうから!」
「あーっ! それ私が目つけてたやつ!」
「早い者勝ちだもーん」プイッ
「返して返して!」
「あははっ、もうチカのだからだめ〜!」
***
#4.よーちゃんとちかちゃんB
「買い忘れたものない?」ガサ
「うん、大丈夫だと思う。…でも、うっ…重いな…」
「へーき? チカが持とうか?」
「あはは、私が持てないものをちかちゃんには任せられないな」
「あー、言ったな〜! 貸して貸して!」
「えー。重いから気を付けてね」
「よい…しょ!」グイッ
「あれ…重いけど、持てないほどじゃないかも」
「ええっ?! うそ?!」
「うん、大丈夫そう。家までくらいなら全然。早く帰ろ!」
「う、うん…」
「えへへ…よーちゃんの役に立ててよかった!」
「そうだね、助けられちゃった」
「…………」
***
#5.よーちゃんとちかちゃんC
「ん〜、今日は暑いねー」
「暑いね〜……私、暑いの苦手だなあ…」
「って言うわりに、よーちゃん全然汗かいてないね」
「えっ、そう? 暑いときは汗かいたほうがいいのにな、私の身体はわかってない」プン
「あはは。よーちゃんは身体まで頑張り屋さんだね」
「こんなとこ頑張ったって仕方ないのにー! …あ、ねえねえちかちゃん、ここのハンバーグすっごく美味しいんだよ。昔から家族でたまに来る店でね」
「へえ! いいなあ」
「今度、一緒に行こうね」
「……ねえ、よーちゃん。今お腹は?」
「へ? うーん、空いてるっちゃ空いてるかな」
「じゃあ食べてこ!」
「ええ、今?! この暑いのにハンバーグ?!」
「いーま! あついけど! ね、行こっ」ギュ
「え、えええ〜いいけど…わわ、そんなに走らなくてもハンバーグは逃げないってば!」アワワ
「走ったほうがごはんは美味しくなるんだよ〜」
「えー、そうかなあ」
「そうなの!」
あなたが好きだと言ったものを。
たった一つも逃したくないの。
今すぐにだって、知りたいんだよ。
***
***
「んー! おいしーっ!」
「えへへ、でしょ?! ちかちゃんと来たいと思ってたんだよね」
「あっさり叶っちゃったね!」
「ちかちゃん強引だからな〜」
「よーちゃんが美味しいって言ったハンバーグなら食べてみたいもん!」
「それにしたって今日この場じゃなくても…」
「うわーー! わさびソースつけるとおいしーー!」
「…って、聞いてないし。ちかちゃんちかちゃん、こっちのブレンド塩をつけても美味しいんだよ」
「塩ぉ?! うーん…よーちゃんが言うならやってみよ」
チョイチョイ パクッ
「おーーーいしーーーっ!!」
「ちかちゃんはなんでも美味しそうに食べるから、勧めがいがあるなあ」
「私はやっぱりケチャップが一番なんだけどね」
「ケチャップ……チカもチカも!」
「わ、出た! ちかちゃんの真似したがり!」
「え〜? チカそんなに真似したがったことないよー」
「ちかちゃん昔からそうだよ。目の前でされたことすぐ真似したがるんだから」アハハ
「え…例えば、いつ?」
「え」
ケチャップを握るよーちゃんの手に力が込められる。
目が合い、逸らされ、泳ぐ。
「えっと、ほら、例えば………あれ、出てこないや……あはは、勘違いだったかな」
「…もー、よーちゃんってば! すぐチカのことおばかさん扱いするんだから!」
「そんなことないって! ごめんごめん」
「ふーんだ、拗ねました〜」
「デザート奢るからさ」
「ほんとに?! やったー!」
「うわ、現金だなあ」
「なんにしよっかな〜。プリンもいいし、チョコケーキもいいし…むむ、ソフトクリームも捨てがたい」
「ひ、一つだからね?!」
すぐにまた、二人笑い合う。
ねえ、よーちゃん。
昔って、いつのことなの。
***
#6.よーちゃんとちかちゃんD
「あれ、なに?」
「ん? あれは…」
ふと気になった。
指をさして問うと、よーちゃんは壁からハンガーごと。
「私が作った洋服だね」
「えっ! よーちゃん、お洋服作れるの?!」
「うん。ナースにスーツにスチュワーデスに…色んな制服が好きでね。そのうち、自分で作るようになっちゃった」
「すごいすごい! みせて!」
「たいしたものじゃないけどね」
手渡されたそれは、そんな謙遜をぽいと吹き飛ばすほどに可愛くて、キラキラしていて、まるで魔法のよう。
全体は白と薄めの青で調えられて、首元には大きな青のリボン。
プリーツのスカート、水色のサイハイソックス、指ぬきのグローブにカチューシャ。
こんなの、女の子なら誰でも腕を通したくなってしまう。
「ね、これ着てみてもいい?」
「いいよ。ちかちゃんなら私とサイズもあんまり変わらないしね」
「やったー!」
ー着替え中ー
「どう?!」
「うん、似合ってるよ! ちかちゃん可愛い!」
「えへへ…よーちゃんのセンスのおかげです」
「でも、ちかちゃんは青より黄色を基調にしたほうが合うかもしれないね。今度、作ってみよっか」
「チカにも作れるかな?」
「大丈夫! 一緒にやれば平気だよ」
「うんっ! よーちゃんだいすき!」
「へへ…照れるであります!」
姿見を覗く。
まるで自分とは思えない。
よーちゃんに見えないように、また頬を弛ませた。
***
#7.よーちゃんとちかちゃんE
「曜…洗濯物、置いておくわね」
「あ。ありがとう、お母さん」
「それと、制服返ってきたから掛けておくわね…」
「うん!」
ふと目が合って、微笑みを返されて、でも。
ふいっと、見なかったことにするような動きで逸らされて。
よーちゃんのお母さんは、足早に出ていった。
「ん〜〜、やっぱり糊のきいた制服は違いますな〜」
「…クリーニングに出してたの?」
「うん。せっかくの夏休みだからね」
「可愛い制服だね」
「そうだね。私、浦女の制服だいすき!」
「制服かあ…」
「夏休みのあいだ着られないのは残念だよね」
「ほんとに制服が好きなんだね」
「小さい頃とか憧れなかった? 巫女さんとか婦警さんみたいな特別なものもそうだけど、花屋さんのシンプルなエプロンだけでも、すっごく羨ましかったなあ」
「今はどの制服が一番すき?」
「んーーー、悩むなそれ! でも…王道だけどメイド服かな。あのフリルってこだわり始めたら終わらないからなかなか自分じゃ作れないし、かといってその辺で売ってるやつじゃ安っぽくて着ても逆に切なくなっちゃうし」
「大変そうだね」
「本気の『好き』には、いつだって苦しめられるよ…」
「よーちゃん詩人!」
「え? あはは…そうかな。でも文を作るのならちかちゃんのほうが得意でしょ」
「え〜…チカばかだから、そういうの苦手だよ」
「そんなことないよ。ちかちゃんの書く文って、読んでるとたまにあっと驚かされるよ」
「そうなの?」
「そうなの!」
文なんて、書いたことあったかなあ。
***
#8.よーちゃんとちかちゃんF
「ただいま〜」ガチャ
「あ、おかえりなさい…よーちゃん」
「夏はシャワーだけでいいから楽だね〜……って、ちかちゃん?! どうかした?!」
「え、どうして…」
「泣いてた? ように、見えた…から…」
「あ、あはは…そんなことないよ。大丈夫」
「………なにかあった?」
「…チカ、邪魔になってるのかな…って」
「邪魔? なんで、そんなことないよ!」
「だって、もう一週間もよーちゃん家にいるんだよ。自分の家にも帰らないで、ずっと」
「い、言ったじゃん。ちかちゃんの家はここだよ。ここは私とちかちゃんの家なんだよ」
「迷惑になってないの?」
「なってるわけないよ! 私、毎日ちかちゃんと一緒にいられて楽しいよ! すっごく幸せだよ!」
「…お母さんも、そう思ってる?」
「も…もちろんだよ。ちかちゃんのことは昔からよく知ってるんだし、それにきちんと話し合って納得して決めたことだってーー「よーちゃん」
「話し合って、納得して、なにを決めたの?」
「ーーーーっ!!」
「昔からよく知ってるって、どうして? チカは一週間前に目覚めたんだよね?」
「あ…その……」
「ねえ、よーちゃん」
「私は誰なの?」
***
#9.起こり
「ちかちゃあああああああんっ!!」
部屋に入るや瞳が捉えたその人に、飛び付かずにいられるほどの理性はなかった。
許す限りの全速力で駆け寄り、ぎゅうっと抱き締める。
「こーら、激しくしないの」
コツン、と脇に立つ果南ちゃんに頭をこづかれる。
「果南ちゃん…だって、だってちかちゃんが…無事で、うえっ、無事でよかっ…おえっ。大怪我して、ちかちゃ、もう目を覚まさないんじゃないかって…」
「まったく、曜は大袈裟だなあ…」
「でもよかった、よかっ…ううう……… ……ん…」
そこにあることを確かめるように、強く、強く、ちかちゃんのからだを抱き締めて。
そしてーー違和感。
「ちか…ちゃん?」
そのままの姿勢で顔を上げる。
瞼は閉じられ、口はきゅっと引き結ばれて。
「ちかちゃん…まるで、お人形さんみたい…」
「Yes.」
ほとんど一人言のような呟きに、そんな相づち。
イエスって、それじゃまるでちかちゃんが人形だっていうみたいな…
「そのちかっちは、人形よ」
「鞠莉、ちゃん」
「厳密には、dollじゃなくてcyborgなんだけどね」
「より厳密に言うのなら、サイボーグは身体の一部が機械である人間のことですわ。一部以外が全て機械であるモノを、果たしてサイボーグはおろか、人間などと…」
「ダイヤ。誰に対してそんなこと言ってるかわかってるの?」
「…申し訳ありませんわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なに言ってるのか全然わかんない」
少し離れた位置に立つダイヤさんと、果南ちゃんのたしなめるような瞳、複雑そうに眉根を寄せる鞠莉ちゃん。
お人形? ドール? サイボーグ??
まるでちかちゃんを指して言ったみたいに。
でも、だって、ちかちゃんはここにいる。
大怪我して、もうだめかもって思って、でも鞠莉ちゃんがなんとかするって言ってくれて、それでこうしてやっとちかちゃんとーー……
「ちかちゃん、どこも…けが、して…ない」
「それは、ちかっちによく似せて作った箱だよ」
「箱…」
「たとえばね」
コツ、とヒールの音。
もったいぶるかのような足取りで一歩、一歩、歩み寄ってきて。
「ほら、さわってみて」
鞠莉ちゃんがぐいと手を取る。
そのまま運ぶ先は…ってあわわわわだめだめ鞠莉ちゃんこれ以上近付いたらちちちちかちゃんの胸むねムネが触れふふ触れちゃうからそんなだめだってばああでも鞠莉ちゃんがむりやりさわらせるんだからわたしはわるくないわるくないふかこうりょくーームニッ。
「………ん」
「わかった?」
「柔らかい…けど、これ…胸の感触じゃないような…」
「それはシリコーンだよ」
「ああ…」
豊胸手術なんかに使われるやつだっけ。
手が離される。
けれど、違和感を握り締めたような感覚に、鷲掴みにした手をしばらく離すことができなくて。
やがてずるりと落ちるように離れた手にも、なにか見えないクリームがべったりと塗られているようだった。
「他の部分も同じ。皮膚や骨と似たような素材で代用してるの。まさか本当に人体の一部を使うわけにはいかないからね」
「鞠莉ちゃん…これ、なんなの?」
「だから、ちかっちに似せて作った箱だよ」
「じゃなくってさ。なんのためにこんなもの作ったの? なにか目的があって作ったんでしょ?」
「…ノーノー、なんだか声が怖いよ」
「じゃなきゃこんな悪趣味なもの作らないよね」
「…あのね、曜」
「ちゃんと答えてよ鞠莉ちゃん!!」
「曜!」「曜さん!」
がばっと両側から腕を取られ、そして初めて自分が立ち上がっていたことに気付く。
果南ちゃんとダイヤさんが止めてくれなければ、あやうく鞠莉ちゃんに掴み掛かるところだったのだ。
「ねえ、曜。ティータイムにしましょうか」
***
#10.起こりA
「ちかっちはね、かなり重篤な状態なの」
「じゅうとく…」
「命があって、助かる見込みがあっただけよかったんだけどね。お父様にお願いして手術の手配は取ったけど、時間は掛かっちゃうって」
「時間なんてどれだけ掛かってもいい! ちかちゃんが無事に戻ってくるなら、どれだけだって待てるよ! その手術をすれば、ちかちゃんは治るんだよね?!」
「医者じゃない私には、そこまではわからないわ。ただ全力を尽くしてもらえるようお願いするだけ」
「そんな…淡白な…」
「それと別にね、私たちには考えなきゃいけないことがあるの」
「…なに? ちかちゃんの手術より大切なことなの?」
「ある意味ではね」
「………なに?」
「ちかっちの脳のことなの」
「脳…?」
「brainね。ちかっちの身体は今ひどく傷付いてて、正常な生命活動を行える状態にないらしくてね…今の状態が続くと、なくなっちゃうかもしれないんだって」
「な、なにが…」
「ちかっちの、記憶が。」
「う…うそだ!!」
「私だって、今からでも嘘だって言ってほしいよ…でもね、聞いて、曜。記憶がなくならずに済む方法もちゃんと確認してきたの」
「どうすればいいの?!」
「ちかっちの記憶を複製しておくの。それで、万が一ちかっちの記憶がなくなっても、複製しておいた記憶を脳に戻す。そうすれば、少し繋ぎ目に違和感が残る程度で済むんだって」
「な、なんだ…そんなの、記憶がなくなっちゃうのに比べたら全然たいしたことないよね…」
「だけどね。脳ってとってもdelicateなものだから、複製してその辺にぽんと置いておいたんじゃ、その記憶も数日もしないうちに腐ってだめになっちゃうんだって」
「じゃ、じゃあやっぱりだめじゃん!」
「そう。だから、複製した記憶を保持する方法も確認したわ」
「どうやるの?!」
「複製した記憶も、生かしておくこと」
「生かして…おく?」
「つまり、普通の人間と同じように生活をさせるってことね」
「でも…記憶をコピーしたところで、アンドロイドじゃあるまいしどうやって人間と同じように生活なんてーー……あっ」
「そう。そのために、『あれ』を用意したんだよ」
ーーお人形さんみたい。
ーーdollじゃなくてcyborgだけどね。
「曜。ちかっちの記憶を、預かる覚悟はある?」
***
#11.幕間
「……っ、ふううう…」ヘナ
「鞠莉!」
「Don't worry. アリガト、果南。緊張が解けただけだよ」
「まったく…あんな説明を鞠莉さんにさせるなんて、どうかしていますわ…」
「しょうがないよ。話す相手が…曜、なんだから」
「それに、私が決めたこと…だからね」
「それにしたって…!」
ハグッ
「二人がついててくれたから、私は大丈夫だよ。ありがとう、ダイヤ」
「…鞠莉さんがそうおっしゃるのなら。それよりも、本当に…本当に大丈夫なんですの? あんなもの…」
「ダイヤ。あんなものなんて言わない。可愛い後輩たちなんだよ」
「そーだよ。あんなにprettyにできたんだから、」
「私はどうだっていいんですのよ! それにダイヤさんも、鞠莉さんだって。関係ありませんもの! でも…曜さんのお母様のお気持ちを思うと……っ、うう…」
「充分に説明した上で頷いてもらったって話だよ。そこはもう、私たちが口を出せるところじゃない…」
「一日でも早く手術が終わることを祈ろう…それに、」
「それに私は、終わるときのほうが怖いヨ…」
***
#12.幕間A
「…ありがとうございます。今回のことでは、ご家族に大変な苦労を強いることになりますが、」
「主人は航海に出ていますので、今は私一人です…」
「そうでしたか。……もしご希望であれば、弊社グループのホテルにお泊まりいただけるよう手配を取りますが…」
「いえ、大丈夫です。家に母親の一人もいないんじゃ、さすがに違和感もあるでしょうから…」
「ご配慮、痛み入ります…。こちら、私の名刺です。日常のお困り事やストレスなど、どんな些細なことでも構いませんので、なにかございましたらご連絡ください。私どもの力が及ぶ限りお力になりますので」
「はい、ありがとうございます。…………あの、今回のことが…曜ちゃんのためにも一番いいんですよね」
「保証いたします」
「…わかりました。それでは、失礼しますね」
「車を呼び付けてまいりますので、しばらくこちらで」
バタン
「あんなものを、うちに………うっ。…だめ、耐えなきゃ…耐えなきゃ…………ぅぅ…」
***
#13.よーちゃんとちかちゃんG
「おやすみなさい、ちかちゃん」
「おやすみなさい、よーちゃん」
カチリ。
室内が月明かりだけで淡く満たされる。
よーちゃんは、眠るとき豆電球を点けない派らしい。
私は、
私は、高海千歌。
17歳の高校二年生。
旅館を経営する実家で、二人の姉がいる。
よーちゃんとは昔から家族ぐるみの付き合いがある、いわゆる幼馴染み。
私は、そんな私のーーコピーだという。
大怪我をして意識を失っている私の脳を保持するための。
見る見る瞳に涙を溜め、そしてぼろぼろとこぼし、何度も何度も謝りながら、よーちゃんが教えてくれた。
正直、薄々感づいていたことだった。
よーちゃんと話し、笑い、なにをするときにも、はっきりと形作られた私ではない私が見えていたから。
それでも、本当に嬉しかったのだ。
目を覚まして初めて出逢ったのがあなたで、いつでもあなたの一番近くにいられて、そしてーーあなたがくれた名前を、あなた自身が何度だって呼んでくれることが。
だから、ショックじゃなかったといえば嘘になる。
嘘だ。
ショックだった。
それでもーーそれでも、なんとかその気持ちを抑え込むことができたのは。
ぐしゃぐしゃの表情で泣き、謝り、そして必死に話す姿が、どうしたって私を傷付けたいと思っているようには見えなかったから。
たとえ私が十年もの時間を共にしてきた私でなかったとしても、大切に想ってくれている気持ちが伝わってきたから。
だったら、それでいっかーーなんて。
思ってしまったのだ。
ころりと寝返り一つ。
丸まった背中に呼び掛ける。
「よーちゃん、起きてるでしょ」
びくり、と肩が跳ねる。
やっぱり。
「ね、よーちゃん。そっち行っていい?」
「や、だめ、だめじゃないけど、布団狭いし、ベッドのほうが寝やすいし」
「だったらよーちゃんがこっちに来て。一緒に寝よ」
「えっと、その、うん…」
もぞもぞと意味もなさげに脚が組み替えられる。
返事とは裏腹に、余計に背中を丸めただけで、動こうとはしない。
…もうっ。
「お邪魔しま〜す」
「ちょ、ちかちゃん、なんで入ってきてるのっ」
「よーちゃんが入ってこないからー。ほら、頭あげてあげて」
戸惑っているのか、頭はふるふると振られる。
その隙をついて片腕を差し込む。
もう片腕は腰から掛けて裾を掴む。
「えへへ…あったかい」
「あ、暑いでしょ」
「そんなことないもん。よーちゃんの匂いがするー…」
「ちょっ、嗅がないで」
「やーだー」
「このまま寝るつもり?」
「だめなの?」
「寝苦しくなるよ…」
「いいもん」
「………………」
「………………」
遠くに鳥の声。
視界はぼんやりと月明かり。
今だけ、世界は私たち二人きりのもので。
「ねえ、よーちゃん」
「なに?」
「チカのこと、きらいになった?」
「そんなことないよ! むしろ、ちかちゃんのほうが…」
「チカはねえ、よーちゃんのこと、だいすき」
「………」
「きらいになったんじゃないなら、そんな風にしないで。いつも通りにしててほしい」
「…うん」
「想い出はなくても、今はチカがチカでしょ。ここにいる私を、ないものみたいにしないで」
「……うん、ごめん」
「謝らなくていいの。なんにもしてくれなくっていいから。昨日までみたいに、一緒にいさせて」
「うん。………うん」
***
#14.よーちゃんとちかちゃんH
「カラオケに行ってみたい!」
「へ? うん、いいよ。じゃあ行こっか」
「ほんと?! やったー!」
「ふふ…ちかちゃんはやっぱりちかちゃんだなあ」
「?」
テクテク…
「ところで、なんでカラオケ?」
「朝ごはんのとき、ニュースでやってたの。一人カラオケっていうのが流行ってるんだって」
「また私抜きで朝ごはん食べて〜っ。うわ〜〜ん!」
「わわわ、だってよーちゃんなかなか起きないから! お母さんと一緒にごはん食べたくって…」
「そういえば、お母さん今日はなんだって?」
「わかんない。食べ終わったらすぐ出ていっちゃったから…」
「…そっか」
「うん…」
「………あ、ほらちかちゃん。カラオケ着いたよ!」
「あ、ほんとだ。楽しみ〜!」
***
***
「うわー、広いんだね〜」
「もっと混んでるかと思ったね」
「みんな一人カラオケに行っちゃったのかな?」
「あはは、まさか。夏休み真っ最中だからね、みんな旅行にでも行っちゃって、今は沼津に人が少ないのかもね」
「そっか〜」
「よーし、いっぱい歌うぞー!」
「おーーっ!」
「そういえば、チカ歌える曲ないや…」
「ええっ?! 一曲も?!」
「う、うん。CMで聴いたのなんかはわかるけど、サビだけだし…いいや、よーちゃんの歌が聴きたい!」
「え、ええ〜〜?! ちかちゃんが行きたがったのに」
「だって歌えるのないんだもん。いいからいいから、ね! 歌って、よーちゃん!」
「し、仕方ないなあ…休み休みだよ」
「うん! なに歌うの?」
「そうだなー、最近はあんまり流行りもの聴いてないからなあ。なつメロ攻めで行こうかな!」ピッピッ
「わ〜い!」
***
#15.よーちゃんとちかちゃんI
「よーちゃんって、肌キレーだよね」
「え?」
「手にも傷とか全然ないし、すべすべしてるし」ジィィ…
「や、ちょちょ…近いからちかちゃん」
「いいな〜、こんなに肌キレーなんて」
「いやいや、ちかちゃんだって同じくらい綺麗だから」
「チカのこれは作り物のからだだもん!」
「じゃなくって、ちかちゃんほんとに綺麗な肌してるんだよ」
「えー、そうなの?」
「まあ、よくはしゃいで転んだりしてるから、傷なんかはあるけどね…」
「なにそれー! 子どもみたいじゃーん!」
「ほんとのこと言っただけだからね?!」
「でも、よーちゃんほんとにキレー。チカの腕にも負けないくらいだよ。ほら見て。おんなじくらいキレーだよ!」
「さ、さすがに同じくらいは言い過ぎだよ〜」
(でも…うん。われながら、確かに退けを取らないくらい綺麗…かも。なんちゃって…)
***
#16.よーちゃんとちかちゃんJ
「…あ。ね、ちかちゃん。ケーキ買って帰ろっか」
「ケーキ?! うん買うっ!」
カランコロン
「わ〜…良い匂い」
「ほんとだね。甘い匂いでいっぱい…幸せ…」
「あはは、ちかちゃんってばほんとに幸せそうだね」
「だって、こんなに良い匂いで全身包まれること、滅多にないよ」
「それもそうかも。ん〜っ、確かに幸せ〜!」ノビーッ
「幸せ〜っ」ノビーッ
クスクス…
「あっ…ここ店内だったね…」//
「う、うん…ケーキ選ぼっか…」//
「むむ〜〜〜っ、悩む…」
「これだけたくさんあると、どれも美味しそうで逆に選べなくなっちゃうよね」
「モンブランもいいし、チョコレートもいいし、王道のイチゴショート…ああっ、プリンも捨てがたい」
「私はフルーツ系に目が行っちゃうなあ。メロンにさくらんぼ、梨に…うわっ、杏なんてあるんだ〜」
「ねー、よーちゃん。二つ買っちゃだめ〜?」
「だ、だめだめ。ケーキって高いし、それにカロリーの塊なんだから! …でも私も二つ食べたいかも…ごくりっ」
「ううう〜〜〜……一つだけ…一つだけ………あっ」
「梨は秋まで待てるし、メロンはきっと生のほうが美味しいし、だからあとは…うう………あっ」
「「夏みかんのタルト!」」
「……ぷっ」「……ふふっ」
「ハモったね、よーちゃん!」
「うん! 私もちょうどこれだ!と思って」
「一緒だね」
「じゃあ、夏みかんのタルト二つだね」
「結局よーちゃんとお揃いかあ。違うのにすれば食べっこできたのにな〜」
「二人で同じのを食べるのだって、悪くないものだよ」
「えへへ…うんっ!」
***
#17.よーちゃんとちかちゃんK
「むふふ〜」
「あー、よーちゃんまた制服見て一人でにやにやしてる」
「えっ、うそ?! にやにやしてた?!」バッ
「してたよ。そんなに制服すき?」
「うん、すきだな。だって見てよこれ、可愛いよねえ」
「…いいなあ」
「え? ちかちゃん、着てみる?」
「ううん、そうじゃなくって。もちろん制服も羨ましいけど、チカも学校に行ってみたかったなあ」
「ああ…そうだよね…でも、うーん…夏休み中とはいえ、ちかちゃんが怪我したこと知ってる人がいないとも限らないし…」
「あ、ううん、そんなつもりで言ったんじゃないよ。行ってみたかったってだけで、わがまま言ったつもりじゃ…」
「あ、そっか。夜に行けばいいんだ」
「…へ?」
***
***
ブゥゥゥン…
乗客がゼロになったバスを見送る。
「…いいの? あれ、終バスだよね」
「平気だよ。どっちにしたって、帰り方向のバスはもうとっくに終わったからね」
「不良だー」
「いひひ。ちかちゃんも今日から仲間だよ。さ、行こ!」
「うんっ」
どちらからともなく手を繋いで、静かに佇むばかりの学校へ。
きゅっと力が込められるのは、高揚だけのせいじゃないはずだ。
曜ちゃんに連れられて、夜の学校を隅から隅まで回った。
プールを覗き、水の黒さに呑まれそうだと笑って。
体育倉庫の周りをぐるりと歩いて、歩数を数えてみたり。
園芸部の花壇には、初夏を感じさせる実りが。
校庭では手を放し、何度もかけっこを。
一緒に数えてみたら、中庭には九種類もの花が咲いていた。
想像した『学校』とは一つだって重ならなかったけれど、何倍も魅力的な時間だった。
ふうっと校舎に背を預けて一息。
けれど、
「休憩するには早いよ、ちかちゃん」
「え?」
いたずらっぽく微笑むと、すぐにまた手を取って。
駐車場しかないような裏のほうへと連れてこられる。
「ここになにかあるの?」
「んー、まあ見てて…」
窓をいじいじとよーちゃん。
やがて、ガラリ…と。
「………え?!」
「あは。ここだけは覚えてたんだよねー」
窓に手を掛けて、よーちゃんはひらりと身を翻した。
「さ、行くよ! ちかちゃん」
夜は、まだ終わらない。
***
***
「夜の校舎って怖いねー」
「えー? よーちゃん、怖がってないでしょ」
「どうかな。あんまり怖いって感じないけど、ちかちゃんがいるからだと思うよ」
「チカなんの役にも立たないよ。今だってかなり怖いもん」
「でしょ? だから、いざってときは私がちかちゃんを守らなきゃって思ってるからかな。渡辺曜、ちかちゃんのナイトでありますっ!」
ビシッと敬礼。
その姿に、頬をすり寄せる。
「…だったらチカもあんまり怖くないかも」
***
***
「音楽室だって」
「うん。えーっと…おっ、あいてるよ」
「まず扉の確認するんだもんなー、よーちゃん」
「校舎に入ったって教室に入れなきゃ意味ないからね。カギ掛けてないなんて、不用心だなー」
「誰も夜中によーちゃんみたいな人が来るとは思ってないからだよ」
笑ってごまかしながら踏み入るよーちゃんに続く。
そして、思わずわあっと声が漏れる。
壁面に整然と並べられた楽器の数々は圧巻。
ラッパやトランペットなどの吹奏楽器は、差し込む月の光をきらきらと反射する。
それになにより目を引くのは、窓際に設えられた大きなグランドピアノ。
「…さすがの私もピアノは弾けないなー」
「あんなの、思い通りに弾けたら…気持ちいいだろうね…」
「そうだね」
「よーちゃん」
「なに?」
「学校って楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「いいな…」
「そうだね。通ってみたかったよね」
「そうじゃないの」
「え?」
「きっと、チカ、学校に通いたいわけじゃない」
「だったら、なに?」
「よーちゃんと一緒に、学校に通ってみたいんだ」
「………!」
「羨ましいよ。よーちゃんと一緒に学校に通える私が。私だけじゃない、それをできるみんなが。私は、私は……」
ピン、と甲高い音。
「ちかちゃん!」
顔を上げると、いつの間にかグランドピアノに座っているよーちゃんの姿。
「よーちゃん…?」
「音楽の授業だよ! もう一回鳴らすから、どの音か当ててね!」
「よーちゃん…」
ピン。
「ほら! 音!」
「えっと…ファ?」
「待ってね、ここがドだから…レ、ミ、おお〜! 正解!」
「え、ほんとに?! やったー!」
「じゃあ次、これは?」
ピン。
「さっきのより高いから、……ラ? とか?」
「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ…惜しい! シのシャープでした!」
「え〜〜〜っ、シャープはずるい!」
「ずるくないよ。音楽の授業だもん」イシシ
「もー……ん? 確か、シってシャープの鍵盤ないような…」
「えっ」
「よーちゃん、どれ弾いたの?」トコトコ
「こ、この鍵盤…」
「これソのシャープだよ! 音階間違ってるじゃん!」
「あ、あれ〜…あはは…」
「しっかりしてよ先生ー!」
「音楽の授業って心地よくて眠くなっちゃうんだもん」
「先生がそういうこと言うーー?!」
たった一夜。
二人きり。
私が学生だったその時間を、きっと忘れることはない。
***
#18.よーちゃんとちかちゃんL
「曜、電話よ。小原さんから」ガチャ
「ありがとう。…もしもし、鞠莉ちゃん? どうかした?」
退室際、お母さんの表情を横目で窺う。
やっぱりどこか冷たく見えたーーううん、いけないいけない。
事情があるとはいえ、私を家に置いてくださってる。
感謝することはあっても、失礼なことを考えちゃ、「ほんと?!」
「うん、うん! そっか! よかった…それで、こっちにはいつ? うん…そうだよね。ううん、全然平気だよ! 連絡ありがとう!」
とんでもなく嬉しそうな声につられて、ぽけっとよーちゃんの電話に聞き入る。
やがて通話が終わり。
どうかしたの、と私が聞くよりも早く。速く。
受話器も放り投げてよーちゃんが飛び付いてきた。
「うわわっ、と…危ないよよーちゃん!」
「嬉しいからいいの!」
「意味わかんないから…どうしたの?」
「手術が無事に終わったって!!」
「手術…あ、あああ! チカの?!」
「そう!! よかった…よかったよお」
「そっかあ…よかった…」
「術後しばらくは身体を休ませなきゃいけないから、こっちに戻ってくるのは明後日になるらしいけどね」
「明後日…か」
それはつまり、私の終わりを意味するのだろう。
だけどーーだけどーー
よーちゃんは相変わらずズビズビと鼻を啜りながらしがみついている。
「もー、大丈夫? 鼻水と涙ですごいことになってるよ」
「う"ん"………えへへ、安心しちゃって…」
「わかったわかった。わかったからちょっと離れて。鼻水ついちゃうからね」
「それはごめんね。我慢してね」
「しないよ! よーちゃんが鼻かんだらいいでしょ!」
「ちかちゃ〜〜ん! よかったよお!」ギューッ
「あーー! だから…あーーー! ちょっよーちゃ…ついてるついてる! ほんとに鼻水ついてるから!!」
***
***
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
「鼻は?」
「かんでなかった」
「かんで!」
チーーーン。
鼻水と涙で顔はすごいことになり。
めがねは掛けたまま飛び付いたせいかやや曲がり。
目元も鼻も真っ赤にして。
とても幸せそうに笑うよーちゃん。
「よーちゃんは…ほんとにすきなんだね」
「え、なにを?」
「ちかちゃんのこと」
「そりゃそうだよ! ずっと一緒にいた大親友なんだもん!」
「よーちゃんがすきなのはちかちゃんであって、…チカじゃないよね」
「えっ?」
「あ………」
「ちかちゃん、」
「ご、ごめん! お茶取ってくるね!」
「あっちかちゃん!」
***
***
どうして、あんなこと…
ちかちゃんはチカだし、チカはちかちゃん。
どちらも同じ高海千歌。
そこに違いなんかないのに。
よーちゃんが私をすきでいてくれるのは、つまり私をすきでいてくれるのと同じことなのに。
どうして。
胸が…苦しいの……
「…よーちゃんに謝らなきゃ」
***
***
「ただいま。えへへ…さっきは変なこと言ってごめんね。お茶取ってきたよ…」
「ちかちゃん、座って」
部屋に戻ると、よーちゃんが正座で待っていた。
「あ、やだな、さっきのこと気にしちゃったんでしょ。ちょっと意地悪したくなっただけだから気にしないで、」
「座って。ちかちゃん」
「…うん」
促されるままに、向かいへ。
すっかりお尻の形に馴染んでしまったクッションに。
「…お茶、飲む?」
「貰う」
コクコクコク…ぷは。
一息に飲み干すと、まるでそれがお酒であったかのように。
「私、考えたの!」
よーちゃんは勢い付いて切り出した。
「な、なにを?」
「ちかちゃんが言ったこと。私がすきなのはちかちゃんじゃなくてちかちゃんなんだねって」
「えっと…」
「だいぶ考えたんだよ! この短い間に」
「だいぶ考えたんだ」
「そう。だいぶ…」
「今、ちょっとプールのこと考えたでしょ」
「か、考えてないよ!」
「結論、…出たの?」
「出た」
「聞いてもいいの?」
「ん!」
照れてるのか、なんだか妙なテンションの相づち。
茶々は入れない。
「私はね、幼馴染みのちかちゃんがすき。でも、ちかちゃんのことも同じくらいすき。二人に優劣なんかないよ」
「そ! …そんなの」
「だって、決められないよ。ちかちゃんとは昔からずっと積み重ねてきた信頼と想い出がある。遊んだり、喧嘩したり、言い表せないくらいの絆があるから」
「だったらやっぱり、」
「でも、ちかちゃんとはちかちゃんとしかない想い出がたくさんあるんだよ」
「チカとしかない、想い出が…」
「そうだよ! あのハンバーグを一緒に食べたり、ごはんが入らなくなるくらいお腹いっぱいみかん食べたり、私たち夜の学校に忍び込んだりもしたよね。
そのどれ一つだって、ちかちゃんとしたことない。ちかちゃんだけとの大切な想い出だよ! だから、どっちのちかちゃんがすきなんて選べない。どっちのちかちゃんも大好き!! …これって、ずるかな」
「ううん…そんなことない。ずるなんかじゃ、ない」
私は、とんだばかチカだったみたい。
一人で気にして、落ち込んで。
潮風と海のような心の広さを疑うなんて。
その笑顔だけで、どんなもやもやだって晴れてしまうのにね。
***
#19.起こり
「鞠莉!」「鞠莉さん!」
「oh...二人とも、待っててくれたのね」
「当然ですわ。それで、お医者さまはなんと?!」
「ダイヤ、あんまり急かしちゃ悪いよ。…その様子を見るに、あんまり望ましくない状態ってこと?」
「ううん、そんなことないよ。身体のほうはね、パパがすぐにでも手術の手配を始めてくれるって」
「からだの…ほう?」
「ちょっとね…厄介なことになりそうだよ…」
***
#20.起こりA
「そ…それでは、『あれ』に千歌さんの脳を乗せて、生活させるってことなんですの?!」
「『あれ』なんて言い方しないでよ、ダイヤ。これでも随分ちかっちに似せてできたほうだと思わない? ほら、ほっぺたもぷにぷにで so cute だよ」
「鞠莉さん! 真剣に話しているんですのよ!」
「ダイヤ、大きな声を出さないで。鞠莉も、ふざけないで」
「ふざけずに話せる内容でもないじゃない…こんなこと」
「私には、無理ですわ……友人の脳を乗せた機械相手に、それがまるで本物の友人であるかのように接するなんて…っ。気が触れてしまいますわ…」
「ダイヤ…私にだって無理だよ。まともな精神してたら、そんなの誰だって耐えられるわけがない」
「ねえ、やっぱり病院かどこかで預かっててもらおうよ。それなら本人たちだってそんなに違和感ないでしょ?」
「だめなの。ほとんど寝たきりと同じで、ろくに思考することもないような状態じゃ、やっぱりそう長くもたずに腐っちゃうって。…それに、だよ。病院にいるからって、私たちの中の誰か一人でも、一回だってお見舞いに行ける?」
「そんな…そんなの………じゃあ、どうしたらいいのさ…」
***
#21.よーちゃんとちかちゃんM
「準備できた?」
「うん」
「じゃあ、行こっか」
「うん」
じりじり、炎天下。
太陽はいよいよ真夏の始まりを告げる。
「いやー、暑っついね〜」
「帽子かぶってきてよかったね」
「車、あんまり通らないね」
「人もあんまりいないよ」
「暑くない?」
「暑くない」
「私も」
上から、下から、容赦のない熱。
この手を放したくないだけ。
すっかり歩き慣れたこの道を行くのが最後になるなら。
あなたと手を繋ぐのも、きっと最後になるから。
***
#22.戻り
「ハァイ、ちかっち〜! 曜も!」
「やっほー!」
「あ、こんにちは。えっと、」
「こちら鞠莉ちゃん。前に話したよね」
「あ! 鞠莉さん! 手術の手配をしてくれたり、身体を用意してくれたり、なにからなにまでお世話になって…」
「ノーノー。マリィ、堅いのあんまりすきじゃないの。さ、暑かったでしょ。入って入って」
「し、失礼しますっ」
***
***
抗菌室を思わせる、真っ白な廊下。
足音の響きと共に抜けて辿り着いたのも、真っ白な調度で揃えられた部屋だった。
「適当に座って。紅茶でいいかしら」
「あ、お構いなく…」
「私も手伝うよ!」
きょろきょろと見回すけれど、なにもない。
そう思わされるほどに真っ白な空間。
やがて、桃の匂いが運ばれてくる。
コの字のソファにそれぞれ座り、向かい合う。
「…もう、終わりなんですね」
揺れる琥珀色に、ぽつりと漏れる言葉。
それを聞くや、よーちゃんと鞠莉ちゃんの表情が見る見る崩れていった。
「ごめ…っ、ごめんね…ごめんね、ちかっちぃ…。つらい想いをさせて、ごめんねえ……」
「うっ、うう…ちかちゃん。ちかちゃん…。もっと、いっ、一緒にいたかったよぅ…ちかちゃあん……」
***
***
や、やだな…そんなつもりじゃ。
謝らないでください、鞠莉さん。
ちょっとよーちゃんも、ほら、泣かないで。
前からわかってたことですし、覚悟だって決めてきました。
仕方ないことだし…でも、感謝してます。
よーちゃんとたくさんの時間を過ごせたこと。
そりゃあ欲を言ったら、もっと色々なことしたかったけど。
これから夏も本番に近付いていくから、
花火大会とか、山に行ったりとか、海とか、あ…海はだめなのかな。
それに一緒にお洋服作ろうねって言ったけどできなかったし、
秋だって冬だって、春だってよーちゃんと過ごして、
私も私に負けないくらいの想い出をたくさん作って……
でも、大丈夫です!
ここで眠るってことは、私は私の中に戻るってことで、
私は私として、これからもよーちゃんと一緒にいられるんですよね。
それだけで、もう、なにも怖くありませんから。
だから、大丈夫です。
だから…だから、安心して私はーー
「やだ…よーちゃん。離れたくない…もっとずっと、一緒にいたいよう…」
言葉って、心の中で思い描いた通りには出てこないんだね。
***
#23.戻りA
ちかちゃんは強かった。
先に泣いてしまった私たちに気を遣ってくれたのが、よくわかった。
それでもただ一言だけ本当の気持ちを抑えられなかったちかちゃんを、いったい誰が責められたというだろう。
やがて、ちかちゃんは鞠莉ちゃんに深く頭を下げた。
ーー私を私の中に戻してください。
鞠莉ちゃんは真っ正面から向かい合って立ち、同じだけ頭を下げた。
これまで本当にありがとう。
あなたがいてくれなかったら、ちかちゃんの記憶は失われてしまっていた。
一人の友人として、心から感謝する、と。
それは、人間相手でなければ絶対に取ることのない態度で、私はすごく嬉しかった。
最後に私たちは抱き締め合った。
かたく、つよく。
その肩も、腰も、作り物とは思えない。
私の肩と、私の腰と、少しだって変わりはなかった。
胸を張って言える。
ちかちゃんは人間だったーー確かに生きていたんだ、と。
***
#24.戻りB
「私は、やっぱり選択を間違ったのかもしれないね…」
二人きりになった部屋。
だらしなくソファに上体を預けて、鞠莉ちゃんが呟く。
「ちかちゃんのこと?」
「それもそうだけど、他のこともね」
「…………」
「いつか眠ることがわかっていながら生きるなんて、きっとすごくつらかったよね…私だって想像もできないのに」
「そうだね…私も」
「もしかしたら、なにも知らずに『高海千歌』として生きてもらって、最後にふっと意識を切ったほうがよかったのかな」
「どうかな…それはそれでつらいし残酷だと思うけど」
「曜ならどっちがよかった? 生まれたての『渡辺曜』として、いつか眠ると知りながら生きるか。『渡辺曜』の記憶を持ったまま生きて、知らないうちに眠るか」
「え…ええ〜? どっちも嫌だなあ………って、ん? 記憶を持ったまま生きてもらうこともできたの?」
「うん、できたよ。ただいずれにしたって違和感が出ちゃって、結局はいつか『眠る』ことを話さなきゃいけなかったかもしれないけどね」
「そうなんだ…」
「…Sorry. こんなこと、訊くものじゃなかったね」
***
#25.戻りC
「さて、と…あと一仕事、か」
鞠莉ちゃんはソファを立つと、ぐうっと背伸びをした。
「手伝えることなら手伝うよ」
「ううん、これは私がやらなきゃいけないことだから。ありがとう」
「じゃあ、私は帰ろうかな…ちかちゃんには、まだ会えないんだよね?」
「そうね。実はいくつか隣の部屋にいるんだけど、まだ絶対安静。身体に溜まってる疲労があらかた抜ければ目を覚ますから」
「ちゃんと目を覚ますんだよね?」
「もちろん。それは何度も何度も確認したよ」
「そっか、よかった。…もう、帰ってもちかちゃんはいないのか…」
「ねえ、曜」
「ん? なに?」
「この十数日間、本当にありがとう。曜が預かってくれなかったら、千歌の脳はだめだったかもしれない」
「や、やだな…当たり前のことだから。それに、あはは…大袈裟だなあ。もし私が断ってたら、他の誰かのところに行っただけでしょ」
「ううん。あんなこと、曜にしか頼めなかったんだよ。だから、本当に本当に感謝してる。それなのに、こんな終わらせ方でーーごめんね」
鞠莉ちゃんが手を伸ばしてきて、わたし
***
#26.起こりB
「ま…鞠莉さん! 本気なんですの?!」
「鞠莉、正気?!」
「本気だし正気だよ。それとも、やっぱりダイヤと果南がそれぞれ預かってくれるっていうの?」
「…っ、それは…」
「このまま誰も手を挙げなかったら、ちかっちたちの脳は本当にだめになっちゃう。そんなのだけは…絶対に、だめ…」
「わからない…わかりませんわ…」フラッ
「ダイヤっ!」
「二人が事故に遭ったって聞いたときは頭が真っ白になったけどね…事故に遭ったのが二人でよかったって、そう考えよう」
「私には、わかりませんわ…正義というもの、なにが正しいのかということが、ない交ぜになって…わからなくなってしまいましたわ…」
「…あ、もしもしパパ? うん、千歌たちの件。うん、それなんだけどね、曜の脳だけ先に複製して目覚めさせてほしいの。うんそう、あ、それとね…倫理観のタガを少し外しておいてくれる?」
***
#27.目覚めA
ここは…どこ…
わたしは…だれ…
わたし、は…
「ハァイ、目が覚めた?」
「……あなたは、だれ…?」
「私は小原鞠莉。マリィって呼んでね☆ それで、あなたは渡辺曜ーーって、お寝坊さん。そろそろ起きたかしら?」
おはら、まり…
わたなべ、よう…
わたしは、わたなべよう……… ……あ。
「うわっ! 私、今すっごく寝ぼけてたよね?!」
***
28.よーちゃんとちかちゃん -last-
「曜ちゃ〜ん! 千歌ちゃんたち来たわよ〜」
「はーーい!」
「ねえ千歌ちゃん、ここの歌詞なんだけど。4文字の言葉に変えられないかな? どうも曲との収まりが合わないのよ」
「4文字? うーん…『味噌カツ』とか?」
「千歌ちゃん…」
「わわわ、ごめん冗談だってば! すぐ考えるから!」
「ちかちゃんが味噌カツなんて言うから、お腹空いてきちゃっだなー」
「ちょっと曜ちゃんまで! まだやり始めてから一時間しか経ってないのよ?」
「あはは、ごめんごめん。でも、誰かさんなんてもう食べ物のことしか頭にないみたいだよ」
「『オムレツ』…『甘夏』…『キャベツ』…あ、これだと3文字か」
「〜〜〜っ、……はあ。わかったわよ。じゃあ少し早いけどお昼にしましょう」
「ほんとに?! やったーーー!!」
「戻ってきたらちゃんと続きやるのよ?!」
「わかってるわかってる」
「まったくもう…ね、曜ちゃん。この辺になにか美味しいお店あるかな?」
「うーん…あ、それならね」「あ! この辺だったらね、」
「「美味しいハンバーグのお店があるよ!」」
終わり
多分めんどくさいとか思わずにコテを辞めるべき
正当な評価も受けにくくなる
これ書いてて人って発狂してマルチポストしまくってたよね
なぜもう一回立てたし
そんなに自信あったの?www
そんなに自慢したかったの?www
りきゃこもビックリの自己顕示欲だなwwww
>>65
おはよう そうだね
そういえば、元のスレもうなくなったからコテ残しておく理由ないんだったよ >>67
おはよう
あのときは投下速度のほうを優先してあんまり推敲できなかったからね
気になってた部分を直したんだ 渡辺曜は五体引き裂かれて内蔵引き千切られて血反吐撒き散らしてのたうち回って死に晒せ