遥「お姉ちゃん寝てるの?」
彼方「・・・・・・」
遥「・・・どんな夢見てるの?」
彼方「・・・・・・」
遥「私は今日、お姉ちゃんとお買い物に行く夢を見たよ。それからね。一緒にお料理した・・・」
彼方「・・・・・・」
遥「まだ、お姉ちゃんとやりたい事・・・沢山ある」
彼方「・・・・・・」
遥「お姉ちゃんが見てる夢、いい夢だといいな・・・」
切にそう願う。^_^
彼方「・・・・・・」
彼方「・・・・・・はっ」
すぐに状況を理解した。
どうやら私は勉強していたつもりが、机に突っ伏して寝てしまっていたようだ。
彼方「あいててて・・・」
どのぐらい寝てしまっていたのだろう。
近くにあるティッシュを取り、涎を拭う。
時計を見ると夜中の3時。
私が勉強始めた時間は・・・覚えていない。
けど、少なくても1時間は寝てたと思う。
椅子から腰を上げると、無理な体制で寝ていたせいか腰が少し痛んだ。
正直、今日はもうちょっと勉強していたかったのだけど眠気の方が勝っている。
ちゃんとベッドで横になって寝よう。
大きく伸びをする。
背骨がポキポキと鳴る。
二段ベッドの上、寝ている遥ちゃんを見る。
すやすやと眠っている。
私はこの寝顔にいつも癒される。
思わず頬が緩んでしまう。
彼方「おやすみ遥ちゃん」
小声で言うと、私も布団に潜り込む。
お布団気持ちいい。
3分も経たずに眠れてしまいそうだ。
閉じている瞼がさらに重くなる。
意識は段々と曖昧に、体は布団に沈む。
みんなの声が聞こえる。
同好会のみんなの声。
何を話しているのかは分からない。
けど、楽しそうじゃない事は確かだ。
声色は明らかに淀んでいる。
彼方「・・・んんっ」
目を覚ます。
侑「あっ、起きた?」
彼方「あっ、えへへ。ごめんまた寝ちゃってた」
歩夢「ううん。疲れてたもんね。まだ寝ててもいいんだよ?」
彼方「ううん。大丈夫だよぉ」
侑「本当?」
彼方「うん!彼方ちゃんばっちり元気だよ!」
侑「それはよかったよ」
彼方「あれ?他のみんなは?」
歩夢「他のみんな?」
彼方「うん。みんないないね。何か話してたんじゃないの?」
侑「今は私と歩夢、だけだよ」
彼方「そ、そっかぁ。えへへどうやら寝ぼけてるみたいだね」
侑「疲れてるんだよ。もうちょっと寝る?」
彼方「ううん。大丈夫だよー。ありがとう」
歩夢「あ、彼方ちゃんここ寝癖が・・・」
彼方「おっ・・・」
触って確認する。
彼方「おおっー。本当だ!このまま外に出れないなぁー」
歩夢「はい、クシ。あと寝癖直しのスプレーもあるよ」
彼方「何でも揃ってるねぇー。ありがとう!」
歩夢「うん。私やろうか?」
彼方「えっ、いいの?」
歩夢「うん。これくらいやらせて」
彼方「じゃあお願いしようかなぁ」
歩夢「うん。ジッとしててね」
彼方「わかったよー」
言われたまま姿勢良く寝癖を整えて貰う。
遥ちゃん以外の人から髪を触られるのはあまりないから、友達でも普通に緊張してしまう。
侑「わぁ、髪綺麗だねー」
彼方「えへへ。褒めても何も出ないよー」
侑「えー。何もいらないよー」
彼方「あははは」
歩夢「でも、本当に綺麗だよ。お姫様みたい」
彼方「えへー!お姫様!?」
侑「たしかに、言われてみればお姫様みたいだね髪型」
彼方「初めて言われたよー。結構大変何だよ朝整えるの、ほら。少し癖っぽいし」
侑「その癖がいいんだよ!」
歩夢「本当、羨ましい」
彼方「何だか今日は沢山褒められるなぁー。彼方ちゃん嬉しいよ」
侑「言ってくれればいつでも褒めてあげるよ?」
彼方「私から褒めてー!って?それは恥ずかしいよー」
侑「可愛いからいつ言われても絶対褒められる自信ある!ね、歩夢?」
歩夢「うん!そうだね。はい、終わったよ」
彼方「ありがと〜」
触って確認してみる。
たしかに寝癖は整えある。
彼方「歩夢ちゃんはプロだねー」
歩夢「ありがとう。でも、褒めても何も出ないよ?」
彼方「さっき褒められたからそのお返しだよ」
侑「えー私はー?」
彼方「うーん。侑ちゃんはかわいい!」
侑「ありがとう!」
不意に手が暖かくなる。
右手だ、右手がまるで誰かに握られているみたいに暖かくなる。
カーテンの隙間から日差しが差し込んでいる。
その日差しが丁度、私の右手に。
手の平はキラキラと輝く。
彼方「今日は暖かいね」
侑「そうだね。このくらいの気温がずっと続いてくれたらいいのにね」
歩夢「明日から寒くなるらしいよ」
彼方「そっかぁ。寒いのも暑いのも実はどっちも好きなんだぁ」
侑「普通どっちかに分かれない?」
彼方「だねー。でもね。夏は遥ちゃんとお祭りや海に行けるし、冬は二人で鍋したりクリスマスもある。そう考えると、どっちも嫌いになれないんだぁ」
侑「本当に遥ちゃん好きなんだね」
彼方「うん!私のエネルギーだよ!」
歩夢「エネルギーか・・・もし彼方ちゃんが遠くに行ってしまったらどうする?」
彼方「と、遠く?北海道とか?」
歩夢「ううん。もっと、もっと遠く」
彼方「もっと遠く・・・アメリカとか?でもそんな事考えた事ないよぉ」
歩夢「そうなの?考えた事ないの?北海道よりもアメリカよりも空よりも宇宙よりも更に遠く、もっともっと先。どうやったって会える事が出来ない場所。そんな場所に行ってしまったら?」
彼方「えっ・・・えっと」
侑「ちゃんと考えなきゃダメだよ」
彼方「ふ、二人共どうしたの?」
歩夢「私なら・・・私なら離さない」
歩夢ちゃんは私の手を握る。
暖かい。
この温もりは人の体温の暖かさ。
太陽の日差しよりも優しい暖かさ。
さっきの温もりが太陽の日差しによるものじゃないと気付く。
遥「どこに行っても離さない。どこにも行かせない。だってたった一人のお姉ちゃん。私の大好きなお姉ちゃん。お姉ちゃんがどこへ行こうとしても手を繋いでいる限り、私はずっと側にいる。ずっと一緒」
歩夢ちゃんの姿が彼方ちゃんに変わる。
目を閉じる。
目を開ける。
そこには、もう誰もいない。
歩夢ちゃんも侑ちゃんも、彼方ちゃんも。
私は部屋に一人残されていた。
彼方「えっ、えっ・・・」
部屋中を見渡す。
でも、さっきまでいた二人の姿は無い。
形も影も声も、何もない。
彼方「ど、どうして・・・」
相変わらず、カーテンの隙間からは日差しが差し込む。
それは変わらない。
机の下に隠れているのかもと思い、下を除いてもいない。
他に、隠れるような場所もない。
私が目を閉じた一瞬。
この一瞬に二人は消えてしまっていた。
彼方「ど、どうして・・・」
さっきまで確かに二人はここにいた。
その証拠に、まだ私の手は暖かい。
ずっとずっと暖かい。
もう一度だけ、目を閉じる。
そして、開ける。
二人は消えたまま。
風景は変わっている。
真っ白な部屋。
何もない、見える色は白だけの部屋。
彼方「こ、ここは・・・?」
状況が分からない。
頭が混乱した中、この真っ白の部屋にキラキラとヒラヒラと何かが降って来ている。
視認出来ない程、小さな何か。
その何かを知りたくて上を見る。
何かが飛んでいる。
ぱたぱたと空を飛ぶ、蝶を見てこのキラキラが鱗粉だと分かる。
蝶はその綺麗な羽根を優雅に羽ばたかせ、私の頭上を飛ぶ。
蝶の羽ばたきで鱗粉が舞い、部屋全体はキラキラと光輝いている。
ここが神聖な場所のように思えるぐらいにこの部屋はとても綺麗だ。
彼方「・・・?」
部屋中に舞う鱗粉。
私の視線の先、不自然な箇所がある。
一見するとただの壁なのだが、鱗粉が舞っている今ならその不自然に気付けた。
人、私が一人通れるぐらいの四角が鱗粉で形作られている。
手を壁に押し当てる。
鍵が開いたかのような音と共に、壁は扉となり開く。
真っ白な空間がまだ続いている。
蝶は扉から出て行く。
ついて来てと言っているかのように思える。
一歩一歩、先へと進む。
眩い光。
目を細める。
何も見えない。
少しずつ目が慣れて来る。
私はオレンジ色の光に包まれていた。
これは光ではない。
このゆらゆらと揺らめいて私を包むこの光は炎だ。
私は今、焼かれている。
不思議と熱くない。
そもそも、熱を感じない。
ただこの炎は私の身を包むだけ。
手の平を見る。
指先からチリチリと灰になっていく。
熱さもない痛みも無い。
光。炎。燃えて灰になる。
手。足。体と頭。
走る。
遥ちゃんを求めて風に乗る。
光。炎。燃えて灰になる。
手。足。体と頭。
急ぐ。
灰になって風に乗る。