
人の不幸はなぜ蜜の味? “ざまあみろ”の感情の正体を暴く
「他人の不幸は蜜の味」という言葉がある。
今風に言えば「メシウマ」(「他人の不幸で今日もメシがウマい」の略であるネットスラング)といったところか。
妬み、そねみ、嫉妬…他人を羨ましいと思う気持ちが募りすぎると「憎い」、「呪わしい」という激しい思いがわく。
芸能人や政治家のスキャンダルに人が群がるのは、まさにこの「メシウマ」の感情のなせる技であり、
これが一部週刊誌の売り上げに貢献しているのであろう。
『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感(幻冬舎新書)』(中野信子/幻冬舎)の著者は、医学博士で脳科学者でもある。
脳や心理学をテーマに研究、執筆、テレビ出演などで活躍中だ。
「シャーデンフロイデ」とは?
ドイツ語で、シャーデン(Schaden)は「損害」、「毒」、フロイデ(Freude)は「喜び」。
前述の「メシウマ」同様、ひとりだけ得をしている状態の人が、
みんなと同じ、あるいはそれ以下に引きずり下ろされた時に周りが感じる“ざまあみろ”という喜びの感情だ。
これは、「愛情ホルモン」、「幸せホルモン」などと呼ばれるオキシトシンという物質と深い関わりを持っているという。
オキシトシンはストレスや不安の軽減、他人に対して友好的になるなどの働きがある一方で、
妬みの感情を高めるという研究結果もある。本書では、研究者たちのさまざまな実験の紹介と共にわかりやすく解説されている。
「不謹慎狩り」は正しいのか
平和で安定した社会にはそれを維持させる仕組みが必要だ。
集団の中の非協力的な人には、誰かが罰を与えることにより秩序が保たれる。
大震災の時、私たちは集団で一丸となって事態の収拾にあたり、
日本全体がしばらくは華やかな行事は行わないという「自粛」ムードとなった。
それに反して派手なことをやろうとすると「不謹慎だ!」と非難が殺到し、
“非国民だ”とでもいわんばかりに、自粛しない人たちが引きずり下ろされていった。
今もネット上では常に「不謹慎狩り」が行われ、その結果として「炎上」を招く。
叩く方はあくまで愛と正義のためによかれと思って主張するのだが、正しい帰結点に到達しているのか…著者は疑問を投げかける。
大地震や台風、集中豪雨などの自然災害は次々と日本を襲い続けてきました。
その歴史の中で私たち日本人はお互いを「守り合いたい」という思いを強く持っています。
それ自体は素晴らしいことだろうと思います。このようにして向社会性の強い集団として生き残ってきた日本人は、
いまその能力を最大限に発揮しようとしているのかもしれません。(中略)
東に向かって全力疾走しているつもりが、西に向かって暴走していた……。
愛とはそうした矛盾に満ちたものと言えるかもしれません。時には美しい「愛」という情動の裏側にある闇を覗き込むことで、
私たちの見ている世界がどれだけ正義や愛によって曇らされているかを、感じてみる必要があるのではないかと思っています。
「シャーデンフロイデ」??あなたにもそんな感情、ありますか?
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