「先端半導体の製造を担いたがる国内企業がいない」――。ラピダス設立の2年程前、日本政府と国内の半導体関連業界は揺れていた。きっかけの1つは、米IBMからの打診である。「2nm世代プロセス注)の製造に必要なGAA(Gate All Around)構造の技術を提供したい」という内容だった。
実のところ、IBMも、そして米国政府も日本に先端ファウンドリーが設立されることを熱望していた。米中貿易摩擦の緊張が高まる中で、地政学的に安全性が高い地域から先端ロジックを調達したかったからだ。
IBMとしては、スーパーコンピューターや量子コンピューターの開発に先端プロセス半導体が欠かせない。ただ、台湾TSMC(台湾積体電路製造)への依存度が高まると地政学的だけでなく、経営戦略上でも不安がある。総合電機メーカーである韓国Samsung Electronics(サムスン電子)とは競合関係にもなり得る可能性があるうえ、中国や北朝鮮に挟まれた危うい立地にある。そこで白羽の矢が立ったのが、かつては、半導体摩擦もあった日本だった。
先端半導体は、軍事分野やコンピューティング分野に欠かせない。中国の製造を阻止しつつ、米国が主導する「同盟国・地域による半導体サプライチェーン」を形成する動きと一致した。
「先端ロジック半導体は、今後の日本に必要だ。データセンターのエッジサーバーや自動運転、5G(第5世代移動通信システム)基地局向けのプロセッサーといったこれからの技術に欠かせない」。東京理科大学大学院 教授の若林秀樹氏はこう説明する。TSMCやサムスン電子は、データセンター用のプロセッサーやスマートフォンなど、大量に発注のあるチップは作ってくれるが、「日本が今後必要とするような数の発注では、相手にしてくれない」(NTT代表取締役会長の澤田純氏)
半導体復権という点では、現状は絶好の機会でもある。「次世代半導体」によって、これまでの微細化の方向性が一新されようとしているからだ。2nm世代プロセス以降(「ビヨンド2nm」)では、「構造が2次元から3次元になり、製造に原子レベルの制御が必要になるため、これまでとは全く異なる技術が必要になる」(米IBM Senior Vice President and Director of IBM ResearchのDario Gil(ダリオ・ギル)氏)。また、チップ間をパッケージ内で3次元的に接続する新技術が求められてくる。装置・材料技術での強みがある日本には、「従来と違うステージで、半導体を制し世界をリードする」(自由民主党 前幹事長で半導体戦略推進議員連盟会長の甘利明氏)という期待がある。
だが、IBMの打診に対し、日本の主要な半導体関連企業は、対応が難しかった。基本的にチップ製造を外部に委託するファブレスを指向していたり、新たなファウンドリーをつくれるほどの経営体制がなかったりといった状況にあった。企業にとっては、量産化・収益化の難しさも懸念点だっただろう。